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E-Care講座

いのちを抱きしめて〜在宅介護から見えてきたもの〜

田沼祥子(神経難病患者家族 フリーランスエディター)

私は進行性核上性麻痺の夫の介護をしたという経験があるだけで、一般論を語る資格はまったくなく、今日は具体的な経験をお話するだけです。病気も障害も一人一人違いますし、時期によっても違います。ご参考になるかどうかは分かりませんが、私の経験をもとにして、皆さんに一緒に考えていただきたいと思います。

■絶望的な時期のはず、なのですが…

これから映すスライドは、夫がすでに行動の自由も表現の自由も全く失っていた時期、つまり最後の2年間のものです。普通ならとても絶望的な時期なのですが、夫はそれにしては割りにそうでもない顔をしています。

■お風呂好きの闘病生活

これはお風呂に入っているところです。夫がもう動けないんだということが確定診断で分かったとき、家の中に幅2メートル、奥行き1メートル20センチ、深さが1メートル60センチもあるお風呂兼プールを作りました。大変なお金をかけて家の中の部屋をつぶし、いつまで使うかわからない温泉プールを作るなどということは、すごく無謀な試みだったのですが、夫がとてもお風呂好きな人だったので、今日を楽しみに過ごせばいいじゃないかと思って作りました。

最初の頃、夫は結構その中で歩いていましたし、最後の入院になるまで毎日入っていました。それにしてもやはり男手がないと無理ですから、隣に住んでいた兄に手助けしてもらっていました。とてもいい顔をしているでしょう。

■食べる意欲を引き出すために

これは私が朝起きて、寝間着のまま食事を作っているところです。右手に持っているのは料理バサミです。刻み食というのは、だいたいが最初から刻んでぐだぐだと煮るのですが、そういうふうにするとおいしくありません。私は野菜でも何でも大きいまま煮て、食べる直前に食卓であえたり切ったりしました。その方がおいしいのです。おいしいということは、食べることの重要な要素です。形を崩さないように切るためには、料理バサミが一番いいのです。

たとえばステーキの場合は、そもそもがほんの何十グラムぐらいしか食べられませんから、すごく高くてもサーロインステーキやテンダーロインステーキの一番上等の肉を買いました。最初にそれをたたいて繊維を切り、縦横にたくさんの包丁を入れて、噛み切れるように、また味も染み込むようにしておきます。そしてパイナップルジュースに一晩漬けます。パイナップルやパパイヤにはたんぱく質分解酵素が入っていますから、そうすると軟らかくなるんですね。

次にガーゼに包んで西京みその中に入れます。入れる時間は季節によって変えますが、夏だったら1〜2時間で大丈夫。冬は一晩漬けて、グリルパンという焼肉用の油の落ちる鍋で焼きます。片方で大根おろしに「ゆずぽん」を垂らしておきます。そして50グラムぐらいの軟らかくなったステーキ肉を今度は食卓に運んで、彼の目の前で料理バサミで切って、ゆずぽんとしょうゆと大根おろしにまぶします。そうすると大好きなお肉ですから、香りとか色でもって食べたくなるのです。何も飲み込めない、水も飲みにくい人なのですが、モチベーションが出ると食べられるのです。

■教え子のミニ握りずし

夫は法政大学で40何年間教師をやっていたのですが、この人は最初の頃のゼミナールの卒業生です。今は府中でおすし屋さんをやっています。学生の頃はしょっちゅう家に見えて、食べたり飲んだりしていたらしいのですが、その後、風の便りに先生が難病になったと聞いて、ある日、ひょっこりたずねてくださいました。そして、自分の握ったおすしを食べさせてやろうと思い立ってくださって、ミニ寿司を作ってくれるようになりました。

スライドをご覧になると分かると思いますが、彼が握るのは本当に小指の先ほどのおすしなのです。ご飯の量は普通のおすしの4分の1ぐらい。それをきちんとおすし状に握ります。ネタは河岸へ行って、特別軟らかいものを探してくる。そういうふうに、随分苦労して色々工夫して、ひと月に一遍ずつ、ご自分の定休日にそのネタとシャリを持ってきて、おひなさまのおすしのようなこの小さいおすしをうちで握ってくれました。入院しているときも、毎週病院まで来て握ってくれていました。するとなんと水も飲めない人が、この人の握ったミニずしだと食べられちゃうんです。それはもう不思議としか言いようがありません。

この方が、「先生に教わったことは何かというと、けんかの仕方だ」と言うのです。私の夫は誰が何を言ってもにこにこして聞いている人で、私がいくらけんかを売っても乗ってきませんでした。夫はそれがけんかに勝つ方法だと教えたというのです。この方がおすしをうちで握ってくれるようになってから、主人は「その後、けんかの仕方はうまくなったか」と聞いていました。(笑)そして、2人で法政大学の校歌を歌っていました。それも不思議なのですが、言葉がしゃべれないのに自分の好きな歌だと声が出てくるのです。

■死にそうなほど大変だったこと

これは、私がゴミを捨てに行っているところです。全介助というのは、おむつ交換から何から全部するわけですから。洗濯は、1日に2回ぐらいしました。清潔を保つためには洗濯も掃除もごみも大変です。

これはなんと私が薬を仕分けているところです。相当参っています。私は最後の3年ぐらいは死にそうでした。神経難病というのは脳の病気ですから、薬がとても難しいのです。量も多いし、飲ませる時間や量を間違えると大変です。

■色々な支援のおかげで

次は医療とかリハビリの話です。進行性核上性麻痺というのは大変な病気で、動けないと同時に、体のあちこちが曲がったままになってしまうのです。これは最後の頃ですが、左側にいらっしゃるのがベテランの理学療法士の先生です。週に1回、9年間来てくださいました。この先生がマッサージをしながらほぐしてくださると、全く動けず立てない人が、こうして立つのです。本人がとてもうれしそうな顔をしています。これはうれしそうな顔なんですよ。この喜び。人間が歩けるってことは素晴らしいことです。立てるって素晴らしいことです。本当にそう思いました。

これはモーニングヘルパーさんが来てくれているところです。夜と朝、つまりモーニングヘルパーとナイトヘルパーという形で2人で組んで、夜8時から9時の間とか朝6時から7時の間にそれぞれ15分間ずつ来てくださいます。これは助かりました。夜や朝早くというのは家族しかいませんから、短時間でもこういうサービスがあると随分いいと思います。

■後悔はあるけれど

これはそれこそ本当に最後の入院の直前です。この後、嚥下障害がひどくて肺炎を起こして入院してしまい、そのまま駄目になってしまったのですが、うれしそうな顔をしているでしょう。私ね、これを見ると救われるんです。お話しきれない後悔はやっぱりたくさんあります。でも、最後の頃もこういう顔があったんだなっていうのは救われます。これで最後です。

■より良い在宅介護を実現するには

では最後に少しまとめます。キーワードでご紹介しましょう。

まず「今日を楽しく」。今日死ぬか、明日死ぬか全くわからない人でも、今日を楽しくしよう、今日勉強しようということは、工夫すればできるのです。そういうことがとても大事なことなのではないでしょうか。

それから「安全優先にはなるな」。病人や障害者に対し、周りは「安全、安全」というふうになりがちですが、安全というのは一番危険なのです。嚥下障害があるからと言って、チューブ栄養にしてしまうと、安全ですが何の楽しみもありません。楽しみがなくなると、生きる希望をなくしてしまいます。

「リラクゼーション&リクレーション&リハビリテーション」。リハビリテーションというのは、リラクゼーションして楽しくなければリハビリテーションにはなりません。ですから、そこに達成感があるようにする。リハビリテーションを苦しいものではなくすることを考えなければいけないのではないかということです。

「生きる意欲を助ける介護の創造」。人間というのは本人が生きたいと思わなければ生きていられないのですから、どうやって本人の意欲を誘い出し、それを助けるかということです。リードしないでいただきたい。援助していただきたい。これは徹底してそうだと私は思っています。

■ケアの世界は宝の山

これからのケアの世界というのは、宝の山だと思います。文化がこれだけ豊かで、しかも急速に高齢化が進んでいる国は、世界中で初めてではないでしょうか。大げさに言うと、人類史上日本人がはじめて経験する、人類文化の新しい宝の山だということです。皆さんはその宝の山にこれから分け入るのだというふうに思うのです。まだまだ何が起こるかわからない、だから面白いという側面もあると思います。

ケアの文化、ケアの科学、ケアの社会とは、自然科学と社会科学が相互に関わりことによって、新しい科学や文化を作り出すということだと、私は考えています。皆さんはその最前線にいらっしゃる方です。私もその端っこの方で、ご一緒に考えさせていただきたいと思っています。

コミュニティ・カレッジ奈良 特別講座 講演録
(講師)田沼 祥子(神経難病患者家族、フリーランスエディター)
(日時)2004年12月11日 土曜日 13:30〜15:30
(会場)奈良県経済倶楽部 5階大会議室

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