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リレーエッセイ

男性が介護するとき

母がアルツハイマー型認知症と診断されて5年たちました。家具店を営む家に一人娘として生まれた母は、学校を卒業してすぐ結婚。姉と私を育てながら、家事、商売、経理と一人で何役もこなしていました。何でもできる人でした。

それがある時、食事の味つけができなくなりました。塩を入れ忘れるのです。商売道具のそろばんも使えなくなりました。それまでと違い、すぐに腹を立てて父と言い争うようにもなってきました。

昨年の春、家族がもっとも恐れていたことが起こりました。朝出かけたまま、昼になっても夕方になっても帰って来なかったのです。手分けをして近所を探したり、心当たりの家に電話をしたりしましたが全く行方がわからず、とりあえず警察に届けました。翌日の夕方、無事の連絡が大阪の枚方警察署から入りました。すぐに車で迎えに行き、顔を見たときは「無事でよかった」という思いと、「どうして枚方まで行ったのか」と母を責めたくなる気持ちが沸いてきました。が、疲れた姿を見ると何も言えなくなり、黙って家に連れて帰りました。

認知症の介護をすると、コミュニケーションがとれないので、大変なストレスを感じることが多くなります。母だってなりたくてこんな病気になったわけではない。それがわからないわけではありません。でも、店にも電話にも出ないよう頼んでも、言うことを聞かずに困ったことをしてくれます。靴を履かずに外に出たり、届いた手紙を隠したり、ごみを持ち帰ったり、便所を間違えて用を足したり……。最初はそのつど怒りながら言い聞かせていましたが、結局そういうことは無駄だとわかりました。今では自分が母に合わせるほうが、気持ちを乱すことなく過ごせるという知恵も授かり、できるかぎりイエスマンでいることにしています。そうすることが、母にも心地よいように思われるからです。

最近では、朝7時から1時間散歩をするようになりました。話しをしたり笑ったり、歌を歌ったりじゃんけんをしたり、母ができることを一緒にしながら歩きます。便所は一人で行けますが、後始末ができないのでどうしてもお尻が不潔になりがちです。それで、母と一緒にお風呂に入るようになりました。最初は服を脱ぐのが恥ずかしいと言って、入るまでかなりの時間がかかったのですが、最近はそういう抵抗も少なくなり、体を洗うと「ありがとう、ありがとう」と言ってくれます。お風呂から出てからは、自分で服を着てもらいます。服の着方もわからなくなってきているのですが、できることは時間がかかってもなるべくしてもらうように心がけています。

介護は介護する方の気持ちを変えることで、結果が良くも悪くもなります。いつまで介護が続くのかと思うより、今が本人も周りの人にも一番幸せなときと考え方を変えるほうが、誰にとっても良い結果をもたらすということがわかるようになりました。

(山和一彦/奈良県大和郡山市)

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