ホーム > インクルーシブデザイン・プロジェクト > レポート > Inclusive Design Now
レポート
Inclusive Design Now
――多様な市民の参加をうながすデザイン・ワークショップの現在――
2010年3月16日 
会場:東京ミッドタウン・デザインハブ・インターナショナル・デザイン・リエゾンセンター
主催:財団法人たんぽぽの家
共催:九州大学
協力:エイブル・アート・ジャパン
基調講演1:インクルーシブデザインと社会
平井康之(九州大学大学院芸術工学研究院准教授)
インクルーシブデザインは、ワークショップ(以下、WS)形式でユーザーとともにつくっていく考え方だ。世界的なインクルーシブデザインの拠点である英国王立芸術大学院大学のヘレンハムリン・センターでは、1990年から高齢者を対象としたデザインエイジ・プロジェクトが行われてきた。イギリスのデザイン事務所と共同で行っている「DBAデザインチャレンジ」から生まれたものには、製品化され流通しているものもある。デザインチャレンジは、この10年間で47のプロジェクトが行われ、400人以上のデザイナーが参加している。また、本来何カ月かかけて行うWSを3日間のプログラムにしたものが「48時間デザインチャレンジ」になった。現在この取り組みは世界的にひろがっている。
九州大学が2004年に最初に取り組んだのはオフィスエイジ・プロジェクトだった。これは、若い世代に対する高齢者の知識移転をワークプレイスでどう実現していくかというテーマだった。
インクルーシブデザインはプロセスが楽しく、インクルーシブデザインのプロセス研究には応用分野として教育環境、住環境、オフィス環境、公共空間、医療環境などがあり多岐にわたる。現在、「こどもたちのUD移動ミュージアム」や「こども×くすり×デザイン プロジェクト」など、こどもを対象とした持続的な活動も行っている。
インクルーシブデザインにはソーシャルコミュニケーションとしての意義が存在する。それはちがう分野の人が交流して一緒にプロジェクトをしていくことで、新しい気づきや、新しい可能性が生まれるということだ。
基調講演2:「多様なユーザーとつくるデザインの創造力」
荒井利春(金沢美術工芸大学教授)
30年前から、高齢者や障害のある人など、さまざまなユーザーとともにデザインすることを考え実践してきた。工業デザイナーとして取り組むなかで気づいたのは「デザイナーが、はじめから障害のあるユーザーの多様性を知って仕事をすれば、目の前の障害のある人はこんなに苦労しなくてもいいのではないか」ということだった。
私たちは先人の努力によってデザインされた環境のなかで生活している。それらを享受するとともに、その時代に生きる人間が自分の時代の不都合を創造的に解決して、次の時代の人に伝えていくことが必要だ。高齢期にある人、障害のある人が使いにくいということを、創造的に解決することが、私たちの時代と社会のミッションであり、グローバルなミッションである。
そのときに大切になるのは、「切実さの共有」ではないか。切実さとは、一人のユーザーのものであるとともに、私たちの問題でもあり、これからの人間社会のためのものである。そのことを、創造的に解決して次世代に受け渡していくべきものだ。こうした考え方は行政にとってはよりきめ細かいサービスやシステムづくりのヒントになり、企業にとっては新しいビジネスチャンスとなるだろう。
必要なことは、目の前のユーザーと道具や環境との間にある問題をデザインの土俵で感じ取るということ。生活動作や姿全体の「質感」を感じ取ること。そのことで頭と体、そして手が動いてデザインが可能になる。ユーザーのリアリティを、デザインのリアリティに変換して可視化させることが時代をデザインすることになる。
デザイナーは、企業のデザイナーとして、社会のデザイナーとして、そして人間としての3つの属性を持っている。しかし、普段は企業のデザイナーとしての意識が強すぎて、他の部分が忘れられがちになる。この3つの属性を貫いているのが「私」という串。WSはこの3つの属性を覚醒させる場として機能する。
ワークショップ報告
①インクルーシブファッション
水野大二郎(京都造形芸術大学講師)
ファッションデザインは他のデザインジャンルと異なり、機能性よりも美しさ、社会性といった要因が偏重される。コルセットやハイヒールによる身体変形のように、他者より権力を誇示し、美しくありたいという欲望が生み出したデザインであり、使いやすさだけが存在するのではない。カッコよさを追求する代償としての内臓疾患や外反母趾には問題があるが、短絡的に使いやすいモノとして考えることだけでは、インクルーシブデザインとしてのファッションデザインは成立しえない。
一般的にファッションデザイン教育は、型紙制作や縫製・染織などの技術的指導とアイデアを考えるための創造的指導に二分される。しかし、学生は「自分の作品がどのように社会において享受されるか」に無意識的である。衣服に備わる社会性を鑑みた今回のWSでは、学生に自らの作品の「社会的意義」を問いかけるきっかけになったといえる。
②共通言語の発見とデザインの構築─医療から動物園まで─
小林大祐(京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻)
「つまみにくい」「転びやすい」「歩きにくい」などは、分かりやすい言葉だと思っていても、視点が変われば実際の行動は異なる。たとえば、「転ぶ」と一言でいっても「つまずいて転ぶ」「すべって転ぶ」「ひっかかって転ぶ」というように転び方によっては、大きく意味が異なる。インクルーシブデザインWSは、さまざまな視点の人が一堂に会して、一つの言葉を共有する過程である。共通の言語を発見する、その気づきによってデザインが構築される。
2009年夏に京都大学インクルーシブデザインユニットが「動物園の真ん中でインクルーシブカフェをする」というWSを行った。動物園を楽しもうとするとき、見たい、知りたいがユーザーとしての期待であるが、動物園を運営する側は動物をもっと知ってほしいために長文の説明書きや、誰も知らないスペースに展示物を添える。このWSでは、動物園を気軽に行くことのできる学びの場とするため、動物園の真ん中にカフェを設置することをコンセプトとした。
障害が多様なユーザーを迎え、実際に動物園を回ってもらうことで、経路、施設、景観、動物などさまざまな視点から現状の動物園をもう一度デザインした。普段はただ動物をみているだけが、ユーザーとともに歩くことで、自分たちが実は動物園で見ていなかった、楽しめていなかったことに気づき、また自分たちで工夫できることがあることに気づいた。
2009年11月に兵庫医療大学とともに行った「薬を開けて飲む」ワークショップでは、錠剤、カプセル剤、粉薬などさまざまな薬について、「開けて飲む」をみんなで考え、使いやすい、飲みやすい薬を考えた。このWSには、薬学部の学生にも参加してもらったが、実際に薬を飲むユーザーを意識することで、薬のつくり手からの視点だけではなく、飲み方や容器などの飲み手からの視点を取り入れることができたと考えられる。
③「みんなの美術館プロジェクト」
岡崎智美(横浜市民ギャラリーあざみ野職員)
長年にわたり美術館はある種「特別な場所」として主に美術愛好家に向けて館のソフトやハードがつくられてきた。近年、公共の施設としてより開かれた美術館が求められるようになり、当ギャラリーでも、いくつかのプログラムを行ってきた。しかし、アンケート等では実際の当事者の意見を拾いきれず、障害のある人や高齢者、乳幼児連れの人などを含め、さまざまな立場の人が実際にどのような希望や問題を美術館に対して抱いているのか、その実情を把握することはできていなかった。
本プロジェクトは、そのような当事者が抱える課題をWSを通して抽出し、市民と共に共有し考える場をつくった。さまざまな立場の人々が、共に知恵を出し合って課題を解決し、誰もが心地よく利用できる、真の公共財としての「みんなの美術館」に近づいていくことをめざしている。
④もう一つの奈良らしさを考える観光デザイン
山本善徳(ヒューマンヘリテージ株式会社代表取締役)
「高齢者や障害のある人が、奈良観光を主体的に楽しむには?」を出発点に、WSを実施した。車いすを楽しく押すことができる商品の提案や「いちいち計画をせずに観光してみたい」という視覚障害者からの観光ルートサポートシステムの提案などがあり、奈良の観光を考えるうえでの新しい気づきを共有することができた。
ユーザーによって、奈良の楽しみ方も、観光への向き合い方も違うが、一つの視点からそれを普遍化していくことによって、見えてくるものがあるということを確認することができた。障害のある人をはじめ、行政や学生、観光やまちづくりを実践している人、そしてデザイナーなど多種多様な人たちが集い、気づきを共有したり、アイデアを出しあったりする機会が今後も継続的に必要である。
⑤Inclusive Architecture
家成俊勝(ドットアーキテクツ代表)
WSでは、障害のある人への聞き取り調査や、道具と素材の検証、建設の実験を行い、道具や素材の使用に際してどのような困難、あるいは工夫があるのかを検証した。道具を考えるWSでは、障害のある人に道具のデザインを考案してもらい、その場で使いやすいラピッド・プロトタイプを作成した。また、ダンボールを用いた建築のWSを企画し、建築を学ぶ学生と障害のある人でチームを編成し、チームごとに素材、道具の新たな可能性の模索と組み立て方法を検証した。
道具の開発を通じて、建築行為が危険であるというイメージをなくすと同時に使いやすい道具・工法を検証することができた。この結果を通して誰もが建設できるシェルターを実現した。また参加者自身が考え、実践することによって興味深い建築の工法や空間のアイデアの創出に繋がった。WSのプロセスにおいて、集団のクリエイティビティが有効に発揮された。このことが今後の建築における豊かな空間の創造につながり、それが持続していく条件であると考えている。
ディスカッション
荒井利春×平井康之×播磨靖夫(財団法人たんぽぽの家理事長)

播磨:大量生産の時代の転換にある現代にこそ、インクルーシブデザインの手法がさまざまな示唆を与えている。よいものづくりとは使い手にもつくり手にも意味ある時間をつくるものであるべきだ。かけがえないものをつくり、かけがえのないものを使うということは、かけがえのない時間を生きるということにつながる。インクルーシブデザインのなかにある考え方を、我々が広げるだけでなく、多くの人たちがそれぞれの場で参加型デザインの発想とともに立ち上げていけば、今の社会システムが全く違うものになっていくのではないか。
平井:デザインという言葉も新しいアイデアと共に変化していくだろう。これからのデザインはどうあるべきか。このインクルーシブデザインを通じて、デザインに対する新しい考え方がどんどん出てくることが期待される。そういう意味では、より多くの人が使えるとかすべての人が使えるという視点は、まだまだ企業目線ではないか。インクルーシブデザインという言葉も含めて、一人ひとりの個人の差異から、あるいは立脚点から発想していくような考え方ができていけば、よりよい社会につながっていくのではないか。
荒井: 18世紀から19世紀に起こった産業革命のような変化の時代が、再度到来しているのではないか。20世紀の工業化においても良質なデザインは確かに存在したが、よくいわれるようなクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)のように、生活に目を向けて、いいものをつくっているだけではなくて、いい生活をつくることにどれだけ貢献できているかという視点に到達したのだろう。それに対してどう対処するのかという試みが、各地で行われているし、今日の発表もそうしたことの一つである。障害のある人や健常者といった単純な二項対立ではなく、人の生活を眺めて、それに対してどのような発想や方法論がつくられていくのかということを私たちは一緒に考えているのだ。
レポート協力:松浦昇(東京藝術大学大学院映像研究科博士課程)


